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日本最初の映画上映は大阪・難波か? エッセイスト武部好伸さんが新刊

エッセイストの武部好伸さん

エッセイストの武部好伸さん

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 彩流社(東京都千代田区)は10月13日、エッセイストの武部好伸さんによる書籍「大阪『映画』事始め」を発売した。

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 映画の日本との関わりについては、今まで「上陸は神戸、最初の上映は京都、最初の興行は難波」といわれてきた。1897(明治30)年1月、京都の実業家・稲畑勝太郎がフランスから持ち帰ったシネマトグラフと呼ばれる映写機を京都電灯の中庭(現在は関西電力変電所と旧・立誠小学校にまたがる場所)で試写をしたのが、日本で初めての映画の上映とされている。その後2月15日、稲畑は大阪・難波の南街会館(現在のTOHOシネマズなんば)で有料の上映会を開催。これが映画興行の発祥とされ、1階エレベーター乗り場の壁面にはそれを記念する碑文も収められている。

 しかし同書では、稲畑が京都で試写をする前年の1896(明治29)年12月に、大阪・心斎橋の西洋雑貨商、荒木和一が米国で購入したヴァイタスコープという映写機を、当時の福岡鉄工所(現在のなんばパークス)の中、現在の難波中交差点辺りで試写を行ったとし、それが日本における最初の映画上映だと位置付けている。

 著者の武部好伸さんは元・読売新聞記者で、映画にも造詣が深いエッセイスト。以前にも地元・大阪と映画をテーマにした「ぜんぶ大阪の映画やねん」(平凡社)などを出版した。2015年秋に講演を行った際、一人の男性客に「2017年は大阪で映画興行が始まって120周年になる。この節目の年に新しい大阪の映画の本を読みたい。それを書けるのはあなたしかいない」と言われたことがきっかけで、大阪と映画の歴史についてきちんと調べ始めたという。

 その際、映画史に記述がたくさん残されている稲畑に比べて、荒木のことに関してはあまり資料が残ってないことが判明。「新聞記者の性か、歴史の光が当たらない日陰者がどうも気になる。そこには何か隠されたドラマがあるのではないか」と数少ない資料を探した結果、荒木が日本初の映画上映に踏み切った事実をつかんだ。「稲畑と荒木。この2人の上映の日と場所が近く、競り合うように上映を進めていたことにも運命めいたものを感じた」という。

 同書では精査した内容を紹介しながらも、論文のように堅苦しくなることを避け、当時の人々が話していたであろう会話やせりふも盛り込んだ。「硬い文体のものはどうも苦手。誰にでも読んでもらいやすい形で出版したいと思っていた」と武部さん。荒木の試写が最初の上映だとすると今年が映画120周年になることから、「今年中にぜひとも出版したい」との思いで筆を進め、完成にこぎ着けた。「この節目に、映画と大阪の関わりをもっと関西の人に知ってほしい」と意気込む。

 同書の発刊を記念して10月29日、隆祥館書店(中央区安堂寺町1)5階・多目的ホールでトークイベントが行われる。17時開演。参加費は書籍込み3,500円、講演のみ=3,000円(要予約)。

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