特集

日本一のまち歩きイベント「大阪あそ歩 2010春」
道頓堀・アメリカ村・心斎橋コースをいち早くご紹介

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■道頓堀繁盛記 ~道頓堀五座からくいだおれ、戎橋まで~

 豊臣秀吉の命令を受け、成安道頓、安井道卜らが開削し、1615年に完成した道頓堀は、その後、芝居や遊所の設置が許可され、大阪を代表する繁華街として発展してきた。中座、角座、竹本座、浪花座、弁天座、朝日座などの芝居小屋では中村鴈治郎の歌舞伎や、近松門左衛門の人形浄瑠璃などが演じられ、見物客が利用した周辺の茶屋や飲食店から「くいだおれ」の食文化が生まれた。
 道頓堀コースを案内する以倉敬之さんに、数多くのエンターテインメントを生み出してきた「なにわのブロードウェー」、道頓堀の見どころを案内してもらった。

●安井道頓・安井道卜紀功碑
 まち歩きは、道頓堀川にかかる日本橋の北側にある「安井道頓・安井道卜紀功碑」からスタートする。東横堀川と西横堀川をつなぐ梅津川を拡幅開削して作った人工的な川は、道頓、道卜の功績を評価した大坂城主・松平忠明によって「道頓堀」と名付けられた。

●弁天座跡(竹田の芝居)
 1662年、からくり芝居を考案した竹田近江が、太左衛門橋南詰東の浜側に創建した芝居小屋。摂津名所図会に、オランダ人が竹田の芝居を見物している場面が描写してあり、「竹田のからくりを見ないと大坂に来た甲斐がない」という記述があるほどの名物だったという。
 「戦国時代に活躍した鉄砲鍛冶(かじ)たちが、戦が治まった江戸時代に、歯車などの機械技術を使ってからくり人形を作ったことから、からくり芝居が誕生した。戦いの技術をエンターテインメントに昇華させてしまうところが大阪という土地柄らしい」と以倉さん。現在はカラオケ店となり記念碑すら残っていないのも大阪らしい。

●角座跡
 1669年にできた芝居小屋。現在では世界中のオペラ劇場で見られる「回り舞台」が、世界で初めて設置されたのが角座で、道頓堀の芝居茶屋で生まれた歌舞伎作者、並木省三が発明した。近代以降は松竹芸能の演芸場や映画館になったりしたが、2008年、ついに閉鎖された。
 道頓堀コースではそのほか、相合橋、トリイホール、浮世小路、中座、竹本座跡、戎橋などを巡る。「一寸法師は道頓堀が発祥」など以倉さんならではの歴史話も聞きながら、2~3時間かけて歩く。実施日は4月25日と5月11日、共に13時30分~。

■若者文化の発信拠点・アメリカ村を歩く ~アメ村誕生と発展の歴史を探る~

 現在でも大阪・ミナミの若者の人気スポットになっているアメリカ村。ファッションの街として休日だけでなく平日にも多くの若者らが集まる三角公園をはじめ、アメリカ村の成立をたどるのがこのコース。道頓堀コースに引き続き以倉さんに案内してもらった。
 
●四ツ橋駅
 アメリカ村コースは四ツ橋駅から始まる。今でこそアメリカ村の中心というよりも北西の外れという雰囲気だが、明治時代には東西と南北に市電が走り、その交差点となっていたのがこの四ツ橋だ。

●喫茶店ループ跡
 「アメリカ村の生みの親」として知られる日限萬里子(ひぎりまりこ)さんが1969(昭和44)年にオープンしたのが喫茶店「LOOP(ループ)」。閑散とした倉庫街だった街を若者が集う街へと発展させるきっかけとなった店だ。

●里道
 以倉さんは古地図を手にアメリカ村を歩くうちに、里道と呼ばれる小道の存在に気が付いた。アメリカ村の南側にはかつて水路として使われていたと思われる幅1メートルほどの裏道がいくつかあり、そのいくつかは生活道路として今も使われている。
 もともとアメリカ村の三角公園やその周辺は「炭屋町(すみやまち)」という地名で呼ばれていた。現在は埋め立てられたが、かつては西横堀川の水運を利用して、銅を生成する銅吹屋の町として栄え、そこから派生して炭問屋が多かったことからその地名が付いたという。
 そしてそれらの産業が衰退するに伴い空き家となった倉庫を利用し、若者などがアメリカ西海岸やハワイから輸入した衣料品を販売するようになり、現在のアメリカ村が形作られた。
 アメリカ村コースではこのほか、「アイビーブーム」で有名なヴァンジャケット発祥の地、ディスコブームの先駆けとなったパームス跡、黒田征太郎さんがビルに描いた壁画「ピース・オン・アース」などを巡り、アートカフェ「ディグミーアウト・アート・アンド・ダイナー」を訪れる。実施日は5月14日、13時30分~。

■心斎橋ぶらぶらモダン散歩 ~三津寺さんからバッテラ発祥の地、絲漢堂跡まで~

 心斎橋の中心といえば、現在では大丸から戎橋までの心斎橋筋商店街を思い浮かべることが多いだろう。しかしながら江戸時代から明治時代にかけ、上方文化が花開いた時代に心斎橋筋といえば、今の南船場3丁目あたりだったという。
 心斎橋コースでは、心斎橋の老舗メガネ店を経営する春木洋次さんに、心斎橋・船場で花開いた浪花文化をひもときながら案内してもらった。

●心斎橋筋から長堀通まで
 心斎橋コースは、道頓堀から心斎橋筋を北上して時代をさかのぼるようにして歩く。三津寺、小大丸、心斎橋西川、伊藤仁寿堂、大丸心斎橋店、そごう心斎橋本店跡と北上し、私塾「心学明誠舎」跡、日本で最初のタレントショップといわれる「フルーツパーラー蝶屋」跡を巡り、長堀通りを渡る。

●順慶町井戸の辻
 南船場4丁目のオーガニックビルに面した交差点にはかつて井戸があった。1629年に新町に完成した「新町遊郭」へと続く順慶町通りには、夜店などが集まりにぎわいを見せた。井戸の横ではまさに井戸端会議が行われていたのだろう。

●心斎橋筋発祥の地
 順慶町井戸の辻から東に進み、御堂筋を超えて一つ目の交差点が「心斎橋筋」発祥の地とされる。新町遊郭へと向かう人々と、道頓堀の芝居小屋に向かう人々が往来し、商業が発達、南船場から「浪花の商いの原点」が始まった。その後、明治時代までこの地が心斎橋筋の中心地だった。
 1873(明治6)年、長堀川(現在の長堀通り)に鉄製弓型トラス橋「心斎橋」が完成したのと前後し、その南側が町名変更により「心斎橋筋」になった。その後、1961(昭和36)年には長堀川は埋め立てられ、後に地下街「クリスタ長堀」となった。
 心斎橋コースは、南船場3丁目にある老舗うどん店「松葉屋」がゴール。この店は1893(明治26)年に創業したきつねうどんの発祥の地として知られている。
心斎橋ぶらぶらモダン散歩 ~三津寺さんからバッテラ発祥の地、絲漢堂跡まで~

 広域なんば圏ではこのほか、西道頓堀コース「嗚呼、月も未練な法善寺」(5月21日13時30分~)、南堀江コース「堀江今昔ものがたり」(5月17日13時30分~)、北堀江コース「日本一の海運王へ…岩崎弥太郎、起つ!」(4月19日13時30分~、5月10日13時30分~)、新町コース「天下一の花街・大坂新町を歩く」(4月12日13時30分~、5月19日13時30分~)の計7コースが行われる。


大阪あそ歩

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