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ミナミの小学校で大阪大空襲の被災者が最後の同窓会 在校生へ平和のバトン託す

最後の同窓会に集まった卒業生ら

最後の同窓会に集まった卒業生ら

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 1945(昭和20)年の大阪大空襲を経験した敷津小学校(大阪市浪速区敷津東3)の卒業生が11月8日、同小学校で最後の同窓会を行った。

蛍の光を歌う卒業生

 集まったのは、1945(昭和20)年3月に同校を卒業するはずだった男女12人。卒業式の前日に米軍による爆撃が始まり、疎開を余儀なくされた。四井素代子さんは「その時は卒業式なんて頭になかった。とにかくみんな、生きることが精いっぱいだった」と当時を振り返る。散り散りになった同級生たちが連絡を取り合い、約30年後の1974(昭和49)年に卒業式を行い、卒業証書が授与された。以降、毎年同窓会を開いてきた。

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 卒業生皆が87歳となり、参加者も年々減ってきたこともあって、同窓会は今回が最後。この日は在校生らとの交流会もあり、参加した12人の卒業生らは後輩たちに戦争の体験を語り、平和の尊さを伝えた。交流会の最後には「蛍の光」を歌い、「本当は卒業式に歌いたかったけれど、今日ここで歌えてよかった。こういう場を設けてくれて本当にありがとう。これからの日本を支えていってね」と後輩にエールを送った。

 同窓会に参加した山上弘子さんは「最後になるのは寂しいけど、みんな歳やしね。体もヨタヨタやし。今日みんなに会えてよかった」と笑顔で話した。同校では学芸会で、大阪大空襲を題材にした劇「戦火の敷津」を隔年で行っている。次回は2021年11月の予定。

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