大阪名物くいだおれ、閉店から1年-今月19日、いよいよ「太郎」復帰へ

閉店から1年を迎えた「大阪名物くいだおれ」

閉店から1年を迎えた「大阪名物くいだおれ」

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 昨年7月8日に閉店した大阪・道頓堀の老舗飲食店「大阪名物くいだおれ」(大阪市中央区道頓堀1、TEL 06-6211-5300)が閉店から1年を迎えた。

太郎が店頭に立つことになった「中座くいだおれビル」

 同店は、1949(昭和24)年に創業者・山田六郎氏が「戦後焼け野原となった道頓堀の復興のために、大阪をくいだおれの街にしたい」と創業した。以来約60年間、道頓堀の「顔」として親しまれてきたが、周辺環境・時代の変化、家族経営の限界などから売り上げ不振に陥り、昨年4月8日の閉店発表に至った。

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 翌9日に行われた記者会見では女将(おかみ)の柿木道子さんが「『くいだおれ太郎』の写真を撮るだけで、店には入ってもらえないことも多かった。取締役会で話し合って閉店を決めたというのではなく、互いに閉店を意識していたことが今年に入って明確になった」と閉店のいきさつを明かした。最盛期の1990年前後から比べると、売り上げは半分にまで落ち込んでいた。

 記者会見で「くいだおれ太郎」について山田昌平社長が「引き受け手などの申し出を待っている」と話したことから、同店には「太郎」を引き受けたいというオファーが殺到。同店も同14日に「太郎」や商標権の売却先を決めるための検討プロジェクトチームを発足させると発表、同16日にはホームページに買い取り提案の受け付け窓口を設置した。

 閉店までの3カ月間、同店は予約が取りにくいほどの大盛況に。「くいだおれ太郎を道頓堀に残してほしい」といった声も出始めるなか、マスコミの報道も相次ぎ「太郎争奪戦」は過熱、7月8日の閉店日には朝早くからマスコミや観光客など約200人が詰めかけ騒然とした雰囲気に。閉店時刻の21時には1,000人ほどの観光客が集まり、テレビカメラも20台を数えた。「太郎」の行方が決まらぬまま、同店は59年の歴史に幕を閉じた。

 一方で「くいだおれ太郎」は、閉店発表直後からさまざまなイベントに招待されるなど、「タレント」としての活動を始めた。5月22日には「ビーチバレー・女子ワールドツアー日本大会」の応援のため中之島に駆け付けたほか、6月5日には映画「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」ジャパンプレミアに招待客の一人として東京・渋谷の国立代々木競技場第一体育館に登場、その後もJリーグ「ガンバ大阪」やプロ野球「阪神タイガース」の試合を観戦したりと話題に。そのほか6月9日には切手シートが、6月30日には自伝「くいだおれ太郎のつぶやき」が刊行されるなど、関連グッズも相次ぎ発売された。

 「くいだおれ太郎」の行方が明らかになったのは、8月3日に行われた「くいだおれ太郎のサザンオールスターズ応援団長就任イベント」だった。柿木さんが「権利はくいだおれが保有したままになる可能性が高い」と発言、その後10月20日に記者会見が行われ、同店の屋号・商標権と「太郎」の商標権を今後も同店が保有し続けることを正式に発表した。また「太郎」の扱いについては、柿木央久取締役が新たに設立した「太郎カンパニー」(浪速区桜川1)が管理するほか、電通関西支社を中心に「くいだおれ太郎プロジェクト」(福島区)が発足し、「太郎」のイベント出演などの業務を請け負うことが明らかになった。

 「くいだおれ太郎」が道頓堀に戻ってくることが明らかになったのは、10月28日に行われた記者会見だった。同店近くにある商業ビル「セラヴィスクエア中座」がリニューアルオープンを予定しており、店頭に「太郎」が立つ見通しとなった。今年6月29日には「中座くいだおれビル」の名称と、「太郎」の復帰日が7月19日なることが正式に発表された。

 閉店から1年を迎えた「大阪名物くいだおれ」。同店は復活しないが、「太郎」は道頓堀に帰ってくることになった。道頓堀復帰を目前に控えた今日(7月8日)、「太郎」は最後の旅として、沖縄・那覇にいる。「道頓堀へ帰ったら、またなかなかお休みがとれへんよって、いっちょう、最後のお休みを取らしてもらいますねん。みなさん、また道頓堀でお目にかかりとうおまっせ!!」(太郎)。